Akane Ikeno

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新型コロナウイルスの影響で早期帰国して。

新型コロナウイルスの影響で早期帰国して。

こんにちは、スポーツライターのAkane(@akane_ikeno)です。

上記ツイートの通り、3月21日の朝に帰国しました。
理由は新型コロナウイルス(以下:新型コロナ)の影響で本来予定していた帰国便が運休になる見通しが立ったからです。
2019年4月7日に入国してセカンドビザの発給権を持たないわたしに滞在延長の選択肢はほぼなく、2週間ほど帰国を早めるしかありませんでした。

今回は、この数週間で感じたことについて書きます。
あくまで記事中の内容はわたしが感じたことです
また、記事中の内容はわたし個人の意見であり他の方の生き方や考え方を否定する意図はありません

【時系列】オーストラリアで感じた新型コロナの影響

まずは、自分の経験の範囲内でオーストラリア内で感じた新型コロナの影響を、時系列に沿って書き出します。

1月下旬:発症者が出たタイミングでメルボルンへ引っ越し

州立図書館の銅像もマスク(撮影日:2/6)

TDUが終わり、メルボルンに到着したのが1/27のこと。
春節で武漢からメルボルンに来ていた男性がオーストラリアでの発症第一号となった報道が直前に出ていたので、「嫌なタイミングだな」と思ったのを覚えています。


2月:まだ他人事。

全豪オープンテニス女子シングルス決勝。

住んでいるメルボルンで発症者が出たとはいえ、2月は正直なところ対岸の火事だと思っていました。

2/1には多くの人が集まる全豪オープンテニスを見に行き、翌日にはカデルエヴァンス・グレートオーシャン・ロードレース、翌週末にはジャイコ・ヘラルドサンツアーを観戦。
ダイヤモンド・プリンセス号のニュースが連日報道されていた時期です。

元々オーストラリアは予防目的でマスクをつける習慣がないし、外出制限がかかっていたわけでもないので、普通の生活をしていました。

3月上旬:北半球は大変だけどまだ大丈夫だよね?

3/4、FORUM MELBOURNEで開催されたONE OK ROCK(以下:ワンオク)のライブへ。
日本では2/26に首相による「大規模イベントの約2週間の自粛要請」が出て、軒並みライブの公演中止が決まった時期。
海外情勢としては、イタリアでの感染拡大が顕著になっていた頃です。


ワンオクのオーストラリアツアーには日本から来るファンも多かったですが、Twitterを見ると渡豪を断念した方もいました。
(「日本から来るファン」は、2019年の国内ツアーのグッズを持っていたのを根拠に判断しています)国内ツアーより小規模な箱かつオールスタンディングなので、このなかに一人でも感染者がいれば観客は全員が濃厚感染者。
「北半球はやばそうだしオーストラリアも感染者が出てるけど、まだ大丈夫」と思っていました。

本来は4/6に帰国予定だったので、オーストラリア生活が残り一月を切った時期。
ワンオクのオーストラリアツアー以外にも、最後の観光や思い出作りの計画も立てていました。
競馬場もその一環です。


3月中旬:ついに生活に影響が出てくる


3月中旬になると、オーストラリアでもいよいよ生活に影響が出始めました。
実生活での影響の前に、メルボルンで最も楽しみにしていたイベントのひとつ、F1のオーストラリアGPが初日開場直前で中止に。

新型コロナの影響で大人数が集まるオーストラリアGPの開催については賛否両論だったものの、数日前までは強硬開催する方向でした。
しかし、参加チームのメンバーから新型コロナ感染者が出たことで、開幕戦当日の朝に中止を発表。
わたしが観戦を予定していたのは最終日曜日だけでしたが、金曜の午前中はショックで呆然としていました。
(これを機に、絶対にオーストラリアGPを観るためにメルボルンに戻るのを誓いました)

ティッシュペーパーの棚(撮影日:3/16)。Coles Spencer St店。

実生活への影響が最も大きかったのは、紙製品や食料の買いだめです。
日本より1~2ヶ月遅れてメルボルンではこの現象が発生し、欲しいものも手に入らない状態でした。

肉など生鮮食品の棚(撮影日:3/18)。Coles Spencer St店。

トーストや牛乳は、スーパーで売っている一番安いものを購入していました。
この時期は「買えればラッキー」で、選り好みをする余裕はありません。
普段は買わないような高めのものを買ってでも、必要な分を紙製品や食べ物は確保していました(帰国が迫っていたこともあり、必要以上の買いだめをする気は皆無でした)。

3/18:モリソン首相の声明で状況が一転


3/17時点では上記のようなツイートをして静観していましたが、事態が一変したのは翌18日のこと。
きっかけは、同日のモリソン豪首相による非常事態宣言でした。


非常事態宣言の内容は全国民の出国を禁ずるもので、「国民」の定義でワーホリはじめTwitter上の在豪日本人は、わたし含め軽いパニックに陥っていたように思います。
「国民=オーストラリアに居住する人」と解釈した人の「帰れなくなった」というツイートも、かなりの数を目にしました。

幸運にも、当時住んでいた家から徒歩15分くらいのところに在メルボルン日本領事館があったので、直接領事館に足を運ぶことに。
話を聞いたのも2~3分でしたが、信用できるところから日本語で情報を取れた安心感は大きかったです(領事館からメールが着たのは、数時間後)。


このときは「早期帰国も視野に入れつつ」とあり、まだ当初の予定を変更する気がないのがわかります。

3/19:帰国を約2週間早め、翌日退去、翌々日帰国に

引用元:JAL国際線サイト。
上が3/28までの路線計画変更内容で、下が4月末までの路線計画変更内容

前日まで早期帰国はあくまで「プランB」でしたが、3/19の昼頃に急遽メルボルン~成田の帰国便を手配。
その理由は、当初の予定で搭乗予定の飛行機は運休がほぼ確実視される状態だったから。

上の図にある3/22~3/29の「JL774便」は、3/19時点で3/22から3/29の運休が決まっていました。
しかし、当初の帰国予定日4/6の路線計画に変更があるかは3/19時点で未定(下の図の内容が発表されたのは、3/24)。
とはいえ、豪首相が非常事態宣言を出してJAL以外のオーストラリアの大手航空会社がこぞって減便しているなか、JL774便は運航再開するとは到底考えられませんでした。

カンタス航空はまだ日本に就航していましたが、預入荷物の重量制限(30kg×1)がJAL(23kg×2)より厳しかったのと、日本語対応できる点でJALの航空券を購入。
購入した航空券は3/21(日付変わってすぐ)のフライトだったので、航空券購入から約24時間で家を退去することに。
このあとはお土産の購入や航空券eチケットの印刷などでバタバタしました。

3/20:退去し、空港へ

残った食材をシェアメイトにあげたり、部屋のオーナーに急な退去の連絡をしたり(返信はなかった)、バタバタしましたが午後にはメルボルンで過ごした家から撤退。
午前中には、近所のお気に入りのアイスクリーム屋さんで3段アイスを食べました(急に帰国が早まり、帰国前にやりたいことで実現できた唯一のことでした)。
飛行機の離陸まで9時間くらいありましたが、万が一運行状況に変更が生じた場合などに備えて早めに空港へ。

預入荷物も手荷物も重量制限内に収め、オーストラリア最後の夜ご飯は空港のマクドナルドで。


離陸が遅れたものの無事に離陸し、3/21の朝に帰国。
都内に住む両親が車で迎えに来てくれたので、公共交通機関を使わずに帰宅しました。


この記事が公開される4/6時点で帰国から14日以上経過していますが、不要不急の外出はしないようにしています。

4/3:Expediaに問い合わせ、当初の帰国便をキャンセル

帰国便のフライトスケジュール。

もうひとつ残っていたのが、当初の帰国便のキャンセルです。
以下の理由から、Expediaのマイページ上でキャンセルできず、電話で問い合わせることに。

  • 航空券ステータスが「発券中」のままで、マイページからキャンセル規約などを確認できない(航空券を購入したのは10月)
  • 1月の「アデレード~メルボルン便」と一緒に購入した(つまり、往復便の復路だけ航空券が残っている状態)
  • Expediaで購入したのでExpediaからキャンセルする必要がある(JALの予約照会からはキャンセルできず)。

帰国便を変更したとき、Expediaのサイトには「14日以内の予約がある人だけ電話してください」とありました。
しかし、いざ14日以内になってExpediaのサイトをもう一度確認すると、「72時間以内」になっていたので、4/3までキャンセルできませんでした。

4/3になって電話したところ、(主に保留で)時間がかかったもののあっさりキャンセル成功。
通常より返金に時間を要するのと、往復便の片道だけキャンセルなのもあって返金額が不明瞭なの以外は、問題なかったです。
Expedia経由なのでキャンセル代が発生するのも覚悟の上でしたが、キャンセル代はかからなそうで安心しています。

緊急帰国で思ったこと

飛行機の座席から撮影。

ここからは、この数週間で感じたことについて書きます。
記事冒頭の繰り返しですが、あくまで記事中の内容はわたしが感じたことであり科学的医学的根拠に基づいた見解や一般論ではありません
また、記事中の内容はわたし個人の意見であり他の方の生き方や考え方を否定する意図はありません

ビザ期限が6月以降だったらオーストラリアに留まっていたと思う

最後に行ったアイスクリーム屋さんのアイス(左がレモン、右がコーヒー)。

わたしがオーストラリアにいたのは、ワーキングホリデービザがあるから。
一年間有効なビザで、期限は2020年4月6日。
ビザ期限日当日の帰国予定で、帰国はたった2週間早まっただけでした。

他のワーホリの方には、渡豪して少ししか経っていないのに帰国せざるを得なかった人も多かったです(Twitterを見る限り)。
オーストラリアでも、新型コロナの影響によるアルバイトの解雇などが多発しています。
渡豪して日が浅いわたしのシェアメイトはバイト先が決まらず、帰国するか迷っていました。

この点は、ライターの仕事で生計を立てているわたしは影響を受けずに済んでいたので、ビザの期限が迫っていなければオーストラリアに残っていた可能性が高いです。
現地で取材する仕事で影響を被ることはあっても、致命傷にならないのはこの仕事の強みかなと改めて実感。

自分が外国人であると強く実感

クリックで拡大。在メルボルン日本領事館からのメール。

オーストラリアにいる間、わたしは外国人でした。
約350日の滞在で一番強くそれを実感したのが、今回の一件です。

画像のハイライトした箇所に特に注目していただきたいんですが、今回のような有事はいかに外国人の立場が弱くなるかがわかります。
自国民や永住者が最優先なのは当然だし、「生活力がないなら豪政府の援助に期待せず帰国すべき」というのはもっともです。
今まで海外移住を希望するひとりとして、有事の優先順位の低さは弁えているつもりでした。
しかし、「雇用主はビザの条件に反することなく就労時間を短縮できる」とまで言われると、認識の甘さを痛感するし、これからの人生設計をもう一度考え直さなければと思います。

検疫がザルすぎて拍子抜けどころではなかった

あくまでわたしが帰国した3/21時点での話ですが、成田空港についてからの検疫が非常に手薄。
帰国時点でオーストラリアは空港でのPCR検査対象から外れていたのも影響していると思いますが、検疫を通るときはスタッフに「熱や咳などがなければ素通りしてください(意訳)」と言われました(※空港でのPCR検査と14日間の自己隔離対象にオーストラリアが追加されたのは4/3)。

特に症状があるわけではなかったので素通りしましたが、非常に不安になったのを覚えています。

これから先の予定は振り出しに

今回は、近況報告も兼ねて長めの記事を書きました。

今までの計画では「東京オリンピック・パラリンピックを観て、落ち着いたら次の国へ」と思っていました。
しかし、オリパラが延期され、いつ出国できるかわからない状態で、すべてが白紙です。

Web記事を書いているだけならダメージは少ないですが、スポーツ界は大打撃を受けています。
特にロードレースの中心地・ヨーロッパは3月以降に新型コロナの被害が爆発的に増えていて(特にグランツールが開催されるイタリアとフランス、スペイン)、レース再開の見通しは立っていません。

先ほど(4/5夜)、本来ベルギーで開催される予定だったロンド・ファン・フラーンデレンの代替レースが、バーチャルで開催されました(下のツイート参照)。
とはいえ、たとえ日本からの視聴でも本物のレースが恋しいです。


ロードレース以外の競技も、スポーツ以外の業界も、影響を受けています。
一刻も早い新型コロナの終息を祈りつつ、不要不急の外出や「三密」を避け、手洗いうがいの徹底をするなど、できることをやるしかありません。

このブログについてですが、しばらくはオーストラリアについてのブログが続くと思います。
全豪オープンテニスや競馬場(×3)、滞在三都市比較の記事など、少なくとも5記事分は内容があるので、時間を見つけて更新する予定です。

それでは!

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